では、不思議な御加護とは、いったい何でしょうか?
禁教令下で、もしキリシタンであることが発覚したら、幕府により処刑されました。そのため潜伏キリシタンは命がけでデウスの信仰を守り通したのでした。
禁教下で250年も必死で信仰を守り通したキリシタンの信念は筆舌を絶するものです。同時に、キリシタンの存在を知りながら周りで共に暮らしていた神道や仏教の信者たちが、潜伏キリシタンの命を守り通した真心は並大抵なものではありませんでした。なぜなら、キリシタンをかくまっていることが分かると、同じように処罰や処刑が待っていたのですから…。
今回、三つの宗教の御朱印が一つとなった「﨑津三宗教御朱印」が発行されました。そこには、天草の人たちが信仰を守り通した三つの宗教のご本尊が記されています。
【神道‥﨑津諏訪神社】
紋章は柏紋です。なぜだか潜伏キリシタンは柏紋と十字の取り合わせが多いと云われています。1805年(文化2年)3月に大江村、崎津村、今富村、高浜村(天草下島西目筋の村々)に対して検挙がおこなわれ、5000人以上の潜伏キリシタンが発覚しました。その時、貝殻やマリア観音像など先祖代々キリシタンの神具として使っていたものを、誰にも分らないように夜な夜な﨑津諏訪神社に持ち寄らせました。そして、心得違いという処分で全員命がたすかったのでした。﨑津神社はキリシタンの命を救った神社でもありました。
﨑津諏訪神社のご利益は、五穀豊穣、災難厄除け、商売繁盛、事業繁栄、祈願成就です。
【仏教‥普應軒】
紋章は、観世音菩薩の梵字(サ)です。観世音菩薩は、般若心経で「観自在菩薩」として唱えられ、願ってかなわないものはなく、人々の様々な不幸を取り除き、幸福を招来する自在仏です。
天草では、潜伏キリシタンが観音様をマリアに見立て拝まれていた歴史がありました。まるで実の母親のように慈悲深く、子供の苦しみを取り除いてくださるご利益があります。
天草には昔から四国遍路と同じように天草八十八ヶ所霊場巡りが行われていましたが、曹洞宗の普應軒は霊場札所の一つで、ここに巡拝したお遍路さんはその足ですぐそばにある神社と教会へも巡拝していました。
【キリスト教‥カトリック﨑津教会】
現在の教会の聖堂がある場所は、かつて江戸時代庄屋の屋敷があり、ここで絵踏みが行われていた場所です。
明治になりフランス人宣教師によりキリスト教会がこの地に復活し、多くの潜伏キリシタンが戻ってきました。
この聖堂では、お遍路さんも時々巡拝し、般若心経を唱え、最後に御本尊に当たるキリスト像を崇めて「アーメン」と祈ります。般若心経は、人々の心から煩悩と執着を去り、もって生まれた仏性に目覚める祈りです。「アーメン」は、ヘブライ語で「あなたの祈りが成就しますように」という意味です。
この教会では宗教宗派を超えた祈りが行われていて、多くの人々の幸せが成就する聖堂です。